島村洋二郎展@東御市梅野記念絵画館


島村洋二郎(1916—1953)は37歳で夭折した画家である。実は私はこの画家の作品をこれまでに何回か目にしていたのだが、印象的な作品ではあったものの、それらのほとんどがクレパス画であったことにどうしても奇異な感じを否めなかったのであった。しかし今回初めてこの画家の画業を総覧する回顧展を観て、私は初めて島村作品の魅力に気づくとともに、自分が圧倒されるのを感じた。本展の構成は「Ⅰ 出発--油彩画の研究」、「Ⅱ 放浪--悲哀のクレパス画」、「Ⅲ 広がる表現--水彩、ペン、デザイン」、「Ⅳ 素描、下絵」、「Ⅴ 資料--島村洋二郎をめぐる」の5章から成るものであるが、私が持ち続けていた違和感はこの第Ⅱ章にあった説明によって解決された。すなわち、「困窮した生活の中、家財道具や油絵具を売り払い、洋二郎の手元に残ったのはクレパスとスケッチブックだけであった」という。さらに、結核によって「入退院を繰り返す中、1953(昭和28)年には東京・大井の簡易宿泊所を拠点とし、同宿人などを描いた。同年7月には新宿の喫茶室ヴェルテルでクレパス画の個展を開催する。ところが、会期中に大喀血し、その9日後に37年間の生涯を閉じた」のであった。(括弧内は図録からの引用)
島村作品の中核は勿論人物画・肖像画である。その作品が、しっかりしたデッサンと色彩によって支えられているのは言うまでもないことだろうが、私にとって印象的だったのは、彼が人間というものに限りなく深く関心を寄せ、かつ自分の気持ちに正直な人だったに違いないということだ。二度の結婚と別れもそれを証明しているように思えてならない。
島村洋二郎作品を世に知らしめたのは姪の島村直子さんの情熱によるところが大きい。さらに島村にはその情熱に応えてくれる多くの友人知人がいたことが幸いであったと感じる。直子さんは、叔父・洋二郎氏が亡くなった1953年当時はまだ3歳だったとのことだ。因みに私は、その年はまだ1歳であった。実は私に本展を紹介してくれた友人は私が叔父の絵画作品の紹介活動をしていることを踏まえて、画家・島村洋二郎と姪の直子さんの存在を教えてくれたのである。先日、その直子さんとも会場でお会いすることができたのは望外の喜びであった。 (2026.2.26)
※「無限の悲哀と無限の美 島村洋二郎」展は 3/22(日) まで







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