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せん妄体験

  • 執筆者の写真: 西村 正
    西村 正
  • 2024年12月21日
  • 読了時間: 4分

*譫妄(せんもう)----- 外界からの刺激に対する反応は失われているが、妄想・興奮・うわごとなどの続く意識障害。(「新明解国語辞典」第七版より)

 

 今年、2024年は私の干支、辰年であった。還暦から12年。辰のイメージ通り、思えば例年より何事においても動きの激しい年であった。良いこともたくさんあったが、一年の最後になって思わぬ体験をすることになった。10月中旬になって、偶然のことから下垂体腺腫という脳腫瘍が見つかったのである。自覚としては眼の疲れや頭痛、それと時折起こる視野狭窄くらいだったのだが、ある朝、短時間だが記憶喪失が起こり、心配した家族に薦められてMRIを撮ることになった。その画像を視た医師によって腫瘍が発見されたのだった。放っておけば大きくなることはあっても小さくなることはないというので、私は思い切って手術を受ける決心をした。実は先月のブログ記事に書いた北海道旅行の時にはもう判っていたのだが、旅行は差し支えないとのことだったので手術は11月下旬と決まった。全身麻酔を伴う手術を受けるのは初めてだったので大いに不安であったが、内視鏡下経鼻的腫瘍摘出術と呼ばれる手術は無事成功して、幸い腫瘍も良性であった。眼の疲れや頭痛も解消したように感じられる。ただ、今回の入院で一番悩まされ辛かったのは、何と譫妄という幻覚だったのである。

 実は手術前に「せん妄について」というパンフレットを病院からもらっていたので、そういうものがあることは知っていたが、必ず経験するものでもないらしいので大して気にもとめなかった。しかし私の場合は、全身麻酔が醒めて手術の成功を知らされてホッとしたのもつかの間、家族が帰ってしばらくすると早速それが出現した。おおっ!来たな!これが譫妄というヤツか!面白い。じっくり鑑賞してやろう。と意気込んでみたものの、私はすぐに耐えられなくなってしまった。ICUと呼ばれる集中治療室に独り、たくさんの管に繋がれて体を起こすこともできない姿勢で寝ている身には、一体どうやってここに辿り着いたのかさえ解らないのだから、天井をはじめ、目に見える範囲が自分にとっての全ての世界である。まず現れたのは影絵のような骸骨だった。それが上に向かってどんどんスクロールしていく。つまり数え切れないくらいたくさんの骸骨がハッキリ見えるのである。ところが、よく見るとそれらはいつの間にか骸骨ではなく漢字のような文字列になっていた。しかし判読できないのだ。怖い!!  だったら目をつぶればよさそうなものだが、全体的にはモノクロの世界なのに、時々赤や黄色、青や緑の光が点滅する。さらにはオドロオドロしい騒音や人の笑い声などがあちこちから聞こえてくる。これでは気が休まらない。確かに担当の看護師さんたちは皆親切であった。ボタンを押して呼べばすぐ来てくれた。しかし、幻覚に苦しんでいるのは私だけであって、彼女たちに同じものが見えているわけでないのは明らかなのだ。耐えきれなくなった私はラジオを借りて深夜放送を聴きながら気を紛らわせることにした。この方法は功を奏したが、譫妄は波状攻撃のように押し寄せてくるので、朝まで一睡もできなかったのである。明るくなれば見えなくなるだろうと考えたが、それは甘かった。朝になって何人ものスタッフがICUに来ても相変わらず私には譫妄が見えていた。しかしちょっと様子が違う。これまで骸骨だったものをよく見ると、それは花をアレンジした塔なのであった。この現象は一般病棟に戻ってからも続いた。今度は、天井の模様が平仮名を細かく書いた落書きに見えたり、ベッドサイドで緑のランプが点滅したりした。疲れ果てた私は、譫妄が現れてももう見てやらないぞ!と心に決めてアイマスクをして眠ることによって、やっとこの幻覚を克服できたのである。

 ブログ記事としてこんなことを書いたのは、もし私が画家だったら譫妄を絵に描き留めて面白い作品に仕上げることができたのではないかと思ったからだ。逆に、シュールレアリスムのような不可解な作品はひょっとしたら画家の譫妄体験から生まれたものだったのではないか?とも考えた。実は西村俊郎は67歳の時、胃がんのため胃の大部分を摘出する手術を受けている。ひょっとしたら叔父も譫妄を体験していたかもしれない。そして、もしそこで見たものを作品にしていたとしたら・・と勝手に妄想を膨らませてみたりして、私は今回の入院生活を終えたのであった。 (2024.12.21

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