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北海道に墓参りに行ってきました

執筆者の写真: 西村 正
西村 正
2018年11月3日
読了時間: 2分

更新日:2018年11月4日

 昨年、私の母が百歳で亡くなった。最近は百歳以上の人も珍しくなくなったと言うけれど、周りを見てもそんなに多いわけではない。父は78歳で亡くなっている。そう考えると、90歳まで生きた叔父・西村俊郎は男としては長生きだったと言えるだろう。我が家の墓は小樽にある。この墓は祖父の甚助が建てたものである。実は私の母も小樽生まれで、私の祖母も、叔母も、父も、叔父も、そして母も同じ墓に入っている。昨年の秋、私は母の納骨に妻と小樽に行ったが、今年は長男の家族も同行して墓参りに行ってきた。



小樽天狗山中腹からの眺め(左手の丘の中腹に墓地がある) ↑ 山頂からの眺め(昨年夏)


 遠方の墓参りはそう度々行けるものではない。2~3年に一度というところだが、私はできるだけ息子たちにも行ってもらうようにしている。幸い北海道には母方のいとこたちが多いので親戚との交流が北海道への愛着を増すことに繋がっていくものと考えている。

 去年は必要があって、8月の末と10月上旬の2回行ったが、今年は11月にかけての晩秋になってしまったので、小樽から札幌を経由して洞爺湖へ向かう途中、中山峠で積雪があった。ここは標高800メートル程度なのに地形的に雪が降りやすいところのようだ。蝦夷富士として知られる羊蹄山ももう雪化粧していた。



 雪の中山峠(10月末でもう積雪)          洞爺湖畔から羊蹄山を望む


 小樽と洞爺湖については以前にブログで紹介したが、私もこの二つの場所には特別に愛着が深い。人間は亡くなっても、残された人々の記憶の中に生きることができると言うが、故人にゆかりある土地を訪ねるとまさにそのことを実感する。今回は千歳と白老で鮭の遡上を見ることもできた。孫にも北海道に愛着を持ってもらうきっかけになってくれることを願う。 (2018.11.3)

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