外国語への想い(2)
- 西村 正
- 2019年5月28日
- 読了時間: 3分
前回言い足りなかったことをもう少し書かせていただきたい。
東京外国語大学には昔は朝鮮語学科があったのだが、1910(明治43)年の日韓併合後に「もはや外国語ではない」という理由で廃止され、復活したのは私がモンゴル語学科を卒業したあとのことであった。私は外語大に朝鮮語学科があったら入りたいと思っていたくらいだったので、大学卒業後英語の教員として働き始めてからもその思いが捨てられず、ある大学の夜間部で開講されていた朝鮮語クラスに友人と一緒に通い始めた。そこで出会ったのが梶井渉(ノボル)先生であった。梶井氏は本業が中学校の理科教員であったので同業者としての親しみも感じていた。先生はその後まもなく富山大学の教授となったが病気のため任期途中で亡くなられてしまった。朝鮮語については、私は友人が開拓した人脈を頼りに、日本語を学んでいる若者のための「日韓サマーキャンプ」とでも呼ぶべき交流会にも何回か参加したことがあり、朝鮮語はこれまで学んだ外国語の中で一番現地の感覚が分かる言語のような気がしている。しかし韓国に行って少しでも話せば「お上手ですね」と褒められることはあったものの、到底満足なレベルでないことは自分でも分かっていた。それでも私の朝鮮語は叔父・西村俊郎の役に立ったこともあったのである。叔父はフランスまでの往復に大韓航空を利用していた。勿論エコノミークラスである。当時はアンカレッジ経由だったので、ソウルでの乗り継ぎを含めてパリまで20時間くらいかかったから、高齢者にはかなり辛い旅であった。そこで叔父は私に「私は老人なので座席を二つください」という意味のことをハングルで書いてくれと頼んできた。そんなことを書いて聞いてもらえるのかと半信半疑であったが、あとで叔父に礼を言われたところを見ると、どうやら「効果」があったらしかった。
さて、私のフランス語はそんな朝鮮語よりもさらにずっと低レベルなのだが、私はこの二つの言語には共通点がかなりあるような気がしている。フランス語にリエゾンと呼ばれる音声連続があるように、朝鮮語には単語の、ほとんど聞こえない語末子音に母音始まりの語尾が付くとはっきり発音されるという現象がある。また、両言語とも、英語などに比べるとアクセントに頼るところが少なく比較的平板に聞こえる言語であると言えよう。しかし、私が感じているのは、そういうことよりも、フランス語と朝鮮語は何よりも「大声で話すための言葉」ではないかということなのだ。私は初めて韓国に行ったとき、街中に言葉が溢れているという感想を持った。あちこちから大声で話す声が聞こえてくるのだ。それは庶民的な活気を表すものでもあったが、私にとって強烈な異文化体験であったことが忘れられない。また当時は公園に老人たちが憩う姿がよく見られ、彼らのしぐさを伴った楽しげな会話に通りすがりの人がするりと加わるという、まるで演劇を観ているような不思議な光景に出合うことが一度ならずあった。それから何年か経って、叔父を訪ねて初めてパリに行ったとき、夜の地下鉄の駅で向かいのホームから酔客が大声で発した話しかけに対して、明らかに無関係な人がそれに「自然な感じで」受け答えするのを聞いたとき、ふと韓国での体験が蘇ったのである。私はそんなに多くの外国を知っているわけではないから、ひょっとしたらそれは単なる思い込みなのかもしれない。しかし、私の頭の中では、フランス語と朝鮮語は言葉の使い方において極めて似た言語として捉えられているのである。 (2019.5.28)
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