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藤田嗣治についての本(3):『旅する画家 藤田嗣治』

  • 執筆者の写真: 西村 正
    西村 正
  • 2019年8月31日
  • 読了時間: 3分

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 林洋子(はやし・ようこ)氏監修のこの本は、2018年に東京都美術館で開かれた大規模な藤田嗣治展に合わせて出版された。藤田嗣治の人生とその作品群の全貌をコンパクトに概観できる、たいへん読みやすくて楽しい本である。こういう分野の本は、アカデミズムとジャーナリズムという二つの指向の間のどこに折り合いをつけて作るかという難しさをもっていると思うが、少なくとも本としての構成上、読みやすくて楽しめるということは一般読者にとっては重要なことである。本書の「はじめに」のページには、藤田が日本やフランスだけでなく中南米やアジアといった「非西欧圏」へも旅をして、画家・藤田として現地で発表・販売まで行なったことに触れて、「それは、異国の社交界でも活かされた語学力やコミュニケーション能力、異文化理解力の賜物でしょう」と述べられているが、私はこの三つの能力が区別されていることに共感を覚える。語学力だけあっても、あとの二つがなければ藤田の成功はなかったと思うからだ。

 私にとって藤田の魅力は、決して一ヵ所に留まることのない、そのモチーフの多様さにある。勿論その緻密なまでの表現力の確かさは言うまでもないことだが、あらゆることに対する好奇心の旺盛さと偏見のなさに、私は他のどの画家にも感じたことがないほどの敬意と愛着を感じて止まない。藤田はおそらく人の言いなりになったり、一つのものにかぶれたりすることのない人間だったのだろう。研究熱心で取り入れたものは咀嚼して自分の血肉と化している。そして藤田の周りには国籍を問わずたくさんの友人がいて常に女がいる。それは実に大切なことであると思う。そしてもう一つ、藤田について注目したいのは、彼が生涯、抽象画に向かわなかった、ということである。

 西村俊郎は藤田より23歳年下だったから、藤田は岡田三郎助先生とともに叔父にとって大先生たる存在だったことは確かだろう。本書の年譜では、藤田の仕事を考える上での時代区分とともに年齢が記されているが、ここでは逆に年齢から仕事の時代区分を見ていきたい。藤田が渡仏したのは27歳のとき(1913=大正2年)である。それから44歳(1930=昭和5年)まで17年間パリを中心に活動する。45歳頃から中南米そして日本各地への旅行が続き、52歳頃(1938=昭和13年)から戦争画に関わるようになる。そして戦後、63歳のとき(1949=昭和24年)、ニューヨークを経て再びパリへと拠点を移す。さらに75歳(1961=昭和36年)からはパリ郊外に移り、1968(昭和43)年に81歳で亡くなっている。藤田と叔父を比べるのは無意味なことかも知れないが、西村俊郎は21歳で東京へ出て本格的に絵を学び始め、50歳頃、人物画から風景画に転じ、65歳頃から渡仏した。そして80歳で帰国し、90歳で亡くなっている。こうして人の人生を眺めてみると、転機というものが人生のいつ訪れるのか、興味が湧く。

 ところで西村俊郎は生涯、藤田のことを「フジタ・ツグジ」と呼んでいたので、それは読み間違えだろうと私は思っていたのだが、実は当時、藤田本人と接触のあった人にとっては「つぐはる」ではなく「ツグジ」のほうが正しかったのだと、あとになってから知った。林洋子氏のこの本も、その「発見」に役立ったことを最後に付け加えておこう。

                                 (2019.8.31

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