西村俊郎の制作現場(1) 補足 ---シテ島西端の公園(ヴェールギャラン小公園)のこと
- 西村 正
- 2021年1月21日
- 読了時間: 2分


「新橋」という意味のポンヌフはパリのセーヌ川にかかる橋の中で最古のものだという。セーヌの川中島であるシテ島と左岸および右岸を繋ぐポンヌフの途中から下ったところにあるのがヴェールギャラン小公園(Le Square du Vert Galant)である。辞書で調べてみると、「スクワール」は「小公園」、「ヴェールギャラン」は「色事師」とか「女たらし」という意味であって、国王アンリ4世のあだ名に因んだ命名だといわれているらしい。実は二年前の記事でも書いたことだが、この小公園の先端からセーヌの下流を望んだ眺めを西村俊郎は大小多くのキャンバスに描いていて、その数は他の場所に比べて圧倒的に多いのである。叔父はこの小公園が気に入っていたのだろう。私自身はこの小公園に立ち入ったことはなく、長い間その名前も知らなかったのだが、インターネットのお蔭でいろいろなことが判ってきた。【※使用した写真と地図はインターネット上から使わせていただきました。】


シテ島先端の柳の木があるところの手前には柵があるのだが、扉は施錠されていないらしく、そこに出ている人もいる。見たところ、そこには柵も手すりもない。叔父は柵の向こう側でイーゼルを立てていたのだろうか。もっとも、柵の手前で写生していたとしても、見えているもの全てを律儀に描くはずもないのだから、どちらか断定することはできないだろう。柵の手前からでもポンデザール(芸術橋)がこんなに近く見えるのだ。今度パリに行くことがあったら、ぜひ叔父が立っていた場所の特定を試みたいと思っている。
改めて地図を見ると、セーヌの南岸(左岸)のこのあたりは6区、北岸(右岸)は1区だが、叔父がパリにいた13年間(毎年夏場は日本に帰ってきていることが多かったが)のうち大部分は6区の小さなホテルを定宿にしており、最後の年になった1989年の春から半年のみ1区にアパルトマンを借りていたことを考えると、このヴェールギャラン小公園や、「西村俊郎の制作現場(2)」で取り上げたリュクサンブール公園は宿から近くて行きやすい場所だったことが判る。
しかし、「ふらんすに行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」---- コロナ禍の今、ますますそう感じる毎日である。 (2021.1.21)
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