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西村俊郎の戦時中の作品「大陸進攻」を発見

執筆者の写真: 西村 正
西村 正
3月25日
読了時間: 2分
西村俊郎「大陸進攻」昭和19年
西村俊郎「大陸進攻」昭和19年

 『陸軍美術展集 昭和十九年』(陸軍省報道部監修 7/15発行)という出版物があった。陸軍美術協會の発行物である。この28ページに掲載されている3作品の一つが「大陸進攻」というタイトルの西村俊郎作品であることが判った。この発見については稿を改めて述べるつもりだが、ここでは、私の親しい友人の努力によって偶然発見されたものであるとだけ、心からの感謝を込めて記しておきたい。

 正直なところ、驚いた! 大発見である‼ 西村俊郎が戦時中に藤田嗣治の指導で戦争美術と言われるジャンルの絵を描いていたということは、当ウェブギャラリーの「プロフィール」と「資料室」で断片的に触れてきた。また「管理者のブログ」で私は、画家と戦争との関わりをテーマとする記事を何回かに渡って書いてきた。しかし叔父のその時期の作品は、「海女」と題する1作品を除いて実物はおろか、図版さえ見たことがなかったのであった。私は「海女」という作品がいわゆる戦争美術であると考えたことはなかったのだが、その後いろいろと学ぶ中で、それは「銃後の風景」に位置づけられることを知った。それに対して、この作品はタイトルからも図版からも、まさに戦争美術そのものであることが認められよう。この作品について本人が家族に語ることは全くなかったので、私はつい最近までこういう作品があったことを知らなかった。(もっとも、まだ作品そのものが果たしてどこかに現存するのかは不明であるが。)この作品に描かれているのは兵隊(人物)と軍馬(馬)と大陸の平原(風景)である。この三つは叔父がもっとも得意とするモチーフである。従ってこの絵を見た瞬間に私が感じたのは「これは、まさしく叔父の絵だ。叔父の絵に間違いない」ということであった。戦争美術の評価がデリケートな部分を含むのは当然のことであるが、「画家に与えられた活躍の場」という視点で見た場合、ここには画家が自らの技量について感じる一種の自信と、実験的とも言える冒険心のようなものが認められることは、多くの画家に共通していたことのように思われる。

 実は西村俊郎には、この他に「軍馬育成」と「砲撃配置につく」という作品があることが確認されているが、まだ図版を見つけるまでにも至っていない。 (2026.3.25)

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インタビュー

久しぶりに「インタビュー」を受けた。いや、ひょっとすると初めてだったかもしれない。誤解を招かないように言っておくと、ここで言うインタビューとは取材のことである。それも、美術雑誌に依頼した記事を書いてもらうための取材。  ところで、人から話を引き出すのがうまい人というのは確かにいるものである。気が付くとアッという間に時間が経ち、どうも私は余計なことを喋り過ぎたような気がしてきて、少し心配になってきた

 
 
 
西村俊郎「軍馬保育」をめぐって

東文研資料の表紙  上段2行目に「西村俊郎、軍馬保育」の文字が見える  本年3/25日付のブログ記事の中で私は「軍馬育成」というタイトルの作品がある、と紹介したのだが、あとになってそのタイトルに自信がもてなくなってしまった。理由は、その作品の存在について口頭で聞いた時、実に迂闊なことであるが、文字を確かめずに記事にしてしまったのであった。実は「軍馬保育」が正しかったのだ。「ぐんばほいく」と聞いたよ

 
 
 
初の寄稿掲載---西村俊郎「大陸進攻」図版発見の経緯について

今回は、戦時中の西村俊郎に「大陸進攻」と題する作品があったことを裏付けるテキスト資料および図版の発見に尽力してくださった、私の中学・高校時代の一学年上の先輩にあたる中村徹さんの論考をご紹介します。彼とのお付き合いは主に高校卒業後に始まるのですが、以下の論考の最後にある肩書が示すように、中村さんは私とは違った意味で長年美術の世界で積極的な活動をしてきた人です。私が書くこのウェブサイトのブログ記事では

 
 
 

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